寄稿 新型コロナウイルス禍終息後、オリンピック終了後の展示会産業を考える 桜井 悌司 氏

▼2.展示会業界が抱える5つの不安

このような事態から、①一体コロナウイルス禍はいつまで続くのか、②オリンピックの1年延期によって、展示会会場問題、展示会産業の動向がどうなるのかという大きな問題が生じてきた。以下、展示会産業が抱える5つの不安について触れてみる。

1)将来が見えないことから来る不安
オリンピック問題は、期限付きなので、何とか対策を立てることは可能であった。しかし、コロナ問題は全く別物である。当初、中国の武漢で発生し、台湾、韓国、日本、その後、米国、イタリア、スペイン、フランス、ドイツ等欧州諸国で蔓延した。さらに、ロシア、インド、パキスタン、イラン、ブラジル等アジア、ラテンアメリカ、アフリカ諸国にも次々と被害が拡大している。とりわけ5月下旬から6月にかけて、ラテンアメリカのブラジル、ペルー、チリ、メキシコでの蔓延スピードは異常に早い。コロナの問題は、感染防止のために、ロックダウン(都市封鎖)が都市によって行われることであり、各国ともに渡航制限が課せられることである。日本人による海外出張・旅行もできないし、外国人の訪日も禁止される。そのため、インバウンドの海外からの訪日旅行者は激減するし、海外からの出展者も来場者も望めないことになる。航空業界、旅行代理店、ホテル、レストラン、鉄道・バス・タクシー業界等は壊滅的な被害を受ける。またコロナ終息後の展示会産業はどのように変化するのかもわからない。展示会産業は、コロナ禍では、実際に展示会が開催できるのか、出展者や来場者が集められるのか等々、将来を見通せない不安定な状況に立ち向かわなければならない。MIC業界やインバウンドの観光産業も深刻な事態になる。IOCのコーツ氏は、今年の10月をめどに来年夏のオリンピックが開催されるか中止になるかを決定するという。このことも不安要因である。

2)倒産に対する不安
コロナウイルスの蔓延の影響で、オリンピックも1年延期となった。前述のように、当初のオリンピック問題が、ある程度、落ち着きを取り戻しつつあった時期に、大問題が2つも発生したのである。コロナ問題とオリンピックの1年延期である。今度は確実に倒産の危機が発生する。展示会産業を取り巻く企業は、展示会主催者、展示会会場保有者、装飾、電気工事、人材派遣、通訳、警備、清掃、印刷、また会場周辺のホテル、レストランと広範囲に渡っている。それらのすべての業界が大きな影響を受けることになる。

日本展示会協会が、2020年4月7日に発表したプレスリリースによると、下表のとおりである。オリンピック延期に伴う12か月の被害総額は、主催者、支援企業、出展者の合計50,160社、約1.5兆円となっている。また全期間32か月で見ると、133,760社、約4兆円となっている。この中には、2020年2月以降、コロナウイルス蔓延によって、急遽中止や延期に追い込まれた展示会の被害は含まれているという。
株式会社ピーオーピーによると、3月に開催が予定されていた展示会は49件、4月は111件で5月の展示会も壊滅状態で、少なくとも60を超える展示会が中止ないしは延期となる見込みである。コロナと延期のダブルパンチで、間違いなく倒産する企業も多く出て来ることが予想される。

また、倒産や営業不振ともなると失業問題や解雇の問題が発生する。一度、失業や解雇が生じると、有為な人材が展示会業界から離れざるを得ないという大きな問題が生じる。いったん解雇された人材は、他分野に移る可能性もあり、戻ってくるにしても、時間がかかると思われる。展示会業界は、新たに人材発掘や育成に尽力しなければならないことになろう。業界関係者の中には、業界に入ってきた若い人たちが今回のコロナの件をみて、展示会やイベントの産業力の低さや脆弱性に嫌気がさし、辞めてしまうのではないかと心配する声もある。

3)出展社や来場者が元に戻るかどうかの不安
展示会が中断されたり、縮小されたりすると、コロナ終息後やオリンピック終了後に元の形に戻るかどうかについて不安が残る。当初の1年間の中断から、コロナウイルスとも関連し、2年またはそれ以上のブランクが生ずると、出展者や来場者のメンタリティーが相当変化する可能性が高い。ソーシャル・デイスタンスの発想も普及しつつある。密集、密集、密閉の3密が当てはまる展示会は、大きな影響を受けると考えたほうがよい。また海外からの航空機による来日外国人、特に外国人出展者や来場者が、以前の状況に戻るかどうかも不安材料である。仮に元に戻るとしても相当の時間がかかると考えたほうがよい。いずれの国も自国ファーストで閉じこもる傾向にあるが、その影響がどのように出て来るのかも心配である。また従来の展示会のような密集状況での開催も難しくなってくる。

日本の展示会産業関係者は、自分たちの企業の将来の経営に向けて、持続可能な計画を立てることが必要となってくるが、同時に自分たちの業界の将来に向けて、戦略やビジョンを策定する必要があるのは当然である。一昔前には、日展協内にビジョン委員会というのが存在し、必要に応じて、将来のビジョンを策定したが、現在はそのような部門はない。これを機会に、日本の展示会業界も、従来あまり海外に関心を向けて来なかったが、今後は、海外の展示会業界の動向に注目し、情報収集や意見交換に努め、新しい発想やトレンドをフォローすべきである。そして、協力すべき分野があれば、協力するという姿勢に転ずることが望まれる。

4)展示会に変わる新しい手法が出現するのではないかという不安
今回のコロナウイルス禍による政府の緊急事態宣言により、外出自粛、大学・学校の閉鎖、各種イベントの中止、店舗、博物館、図書館等の閉鎖が行われた。企業の従業員も多数、数か月に渡って、自宅でのテレワークを余儀なくされたし、学校でも、オンライン授業が導入された。
レストランも通常の営業ができないのでテークアウトに、買い物も通信販売に移行した。各種セミナーもオンラインでの開催が盛んになっているし、Webinarという言葉も生まれた。組織の内外の会議もZOOMやMEET等の方法で、ビデオ会議で進められている。オンライン・セミナーもリアルには及ばないが、慣れてみると、移動に要する時間や経費も節約できるし、問題は生じないことがわかってきた。
展示会業界でもオンライン展示会も内外で急速に普及しつつある。我々が想定するよりもはるかに早く、ヴァーチャル(VR)の普及が進むことになるだろう。もちろん、リアルの展示会は、実際に展示物に触れたり、対面でビジネスできるという強みはあるが、企業が、ヴァーチャルでもなんとかなりそうだと判断すれば、リアルの重要性が相対的に低下することになろう。
これ等の急激な変化が、国内のみならず、欧州、米国、中国、香港等でどのように進んでいくのかをウオッチしていく必要があろう。

5)展示会の開催コストが結果的に高くなるのではないかという不安
6月8日、東京ビッグサイトは、「新型コロナウイルス」感染防止のための対応方針」を発表した。それによると、6月8日から当面の間、最大収容者数を1平米当たり0.5人とするという案である。これによると、イベント開催制限期間中の最大収容者数は、西館1(8,800平米)の場合、4,850名となり、南館1(5,000)平米)の場合では、2,750人となる。従来と比較し、大幅な来場者減となる。

さらに、6月10日に、日本展示会協会は、「展示会業界におけるCOVID-19感染拡大予防ガイドライン」を発表した。展示会での感染リスクを防止するために、①主催者が行うべきこと、②会場管理・運営者の行うべき対策、③支援企業が行うべきこと、④出展者に促すべキ対策、⑤来場者に促すべき対策について、懇切丁寧に説明されている。
以上の2つのガイドラインを読むと、次のような問題点が浮かび上がる。

主催者は、会場を最大限有効に使用したいと考えるのは当然であるが、従来のような密集したレイアウトは、歓迎されないことになろう。廊下部分の拡大、余裕のあるスペース配分等の配慮から、スペースの効率的使用が制限されることになる。結果的に、コスト高に繋がる。それによって、収入の減少がおこりうる。
最大収容者数が設定されたことによって、来場者の数が減少する。それはすなわち、商談機会の減少に繋がることになろう。その結果、出展者にとって、コストパフォーマンスの観点から出展意欲を減少させることに繋がる。
コロナウイルス対策で、各種機材の購入・設置費、体温測定機器や消毒関連の商品の購入費、消毒に関係する労働力や列の整理等の労働力の発生・提供等による経費、3密を避けるための警備・管理関係者の投入等々で経費が当然アップすることになる。これらは、会場運営者、展示会主催者、展示会支援企業、出展者に等しくかかってくる。来場者にとっては、特に経費が掛かるわけではないが、心理的に憂鬱である。

これら予想される事態がうまく解決できればよいが、おそらく、会場運営者と主催者間の会場借館料の交渉、主催者と出展者間の出展料交渉、主催者と支援企業間の価格交渉などが新たに生じて来るものと思われる。