新聞報道によると、5月17日、博覧会国際事務局(BIE、在パリ)のディミトリ・ケルケンツェス事務局長は、万博会場内で吉村洋文知事、横山英幸市長、日本国際博覧会協会幹部らと非公開で意見交換し、閉場時間を午後10時から同11時に延長するよう提案したという。ケルケンツェス氏は会場内の飲食店の営業が夜の早い時間帯に終わっていることに懸念を示し、来場者の拡大のためと報じられている。
このような提案が博覧会国際事務局長から出されたことは、筆者にとって驚きであった。おそらく前任者のビセンテ・ゴンサレス・ロッセルターレス事務局長であれば、決してこのような提案はしなかったと思われる。なぜなら、ゴンサレス氏は、セビリャ万国博覧会(1992年)では、博覧会公社の出展部長であったこともあり、参加国の抱える問題や事情について、十分に理解していたと思われるからである。筆者が関係したセビリャ万国博覧会は、開催期間6ヶ月の一般博覧会であったが、後半になり人気が出てきたこともあり、地元のアンダルシア州やセビリャ市から1ヵ月延長したいという要望が出されたのである。その時の最大の問題点は、1ヵ月も延長されれば、参加パビリオンの人件費(スタッフ、アテンダント、警備、清掃等)、光熱費、滞在費等は誰が負担するのかということであった。参加パビリオンは常に決められた予算で運営しており、会期が延長されれば、フレキシブルに追加予算を計上することは決して容易なことではない。主催国が支援する発展途上国は開催国が支払う可能性はあるが、独自のパビリオンを建設し、運営する先進国は、自分で負担せざるを得ないのである。最終的には、この1ヵ月延長のアイデアは実現されることはなかった。セビリャ万博の場合、従来の万博と異なるのは、開場が10時でパビリオンは夜の10時まで、売店、レストランはセビリャの暑さ、気候を考慮して朝の4時まで営業していたのである。
もし筆者がBIEの事務局長との会談の席にいれば、次のように事務局長に問い合わせたことであろう。「アイデアは素晴らしいと思いますが、158の公式参加国と7の国際機関をBIEの方で説得していただけますか?」
日本のマスコミで取り上げられている点は、①会場直結の大阪メトロやバスの延長に伴う経費増大、夢洲(ゆめしま)駅の終電は午前0時過ぎだが、スムーズに帰宅できるかどうかという問題、②閉場時間が1時間伸びることによって、店や警備などの人件費が増大する ということである。来場者の拡大を目指すとすれば、売店、レストランのみならず、パビリオンも当然ながら開館時間を延長することになると思われるが、1時間の延長は、参加パビリオンの予算増に直接繋がることになる。協会幹部は「本当にやるなら課題は多い」としているが、この問題を考える上で最重要のポイントは、誰が追加経費を負担するのかということである。地下鉄、バス等の交通手段は、大阪府・市の負担、会場全体の運営に係る人件費・光熱費等は、博覧会協会の負担、パビリオンの人件費・光熱費等はパビリオンの負担となるものと考えられるが、外国パビリオンだけでも158を数える。その他、国際機関、テーマ館、大阪府・市のパビリオン、企業館も当然ながら当事者になるので彼らの了解も得る必要がある。仮に1時間延長されることになっても公式参加国の足並みが揃うと期待することには無理がある。このように考えると、気の遠くなるような問題が発生し、延長問題は極めて実現の困難な問題と言えよう。
現博覧会国際事務局(BIE、パリ)のディミトリ・ケルケンツェス事務局長の経歴をみると、エネルギー業界、国連で働いた後に2003年BIE入局。事務局長顧問、次長などを経て2020年1月から現職という。2005年の愛・地球博から博覧会に従事し、ゴンサレス事務局長の下で2019年まで勤務したことになっている。ゴンサレス氏のように実務経験がないので、このような提案が出されたものと思われる。
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