自然、文化、未来を調和させた「インドネシアパビリオン」。その裏側には、設計から演出、施工に至るまで、国と企業が一体となって築き上げたプロジェクトチームの存在がある。本記事ではパビリオン全体を統括するサムドラ社(PT.SAMUDRA DYAN PRAGA)と、実際の施工を担った3社JV(西尾レントオール・ATA・フジヤ)それぞれの視点から、空間に込めた想いや工夫を聞いた。(EventBiz vol.39 特集「開幕!大阪・関西万博」より転載)
―インドネシアパビリオンの見どころは
PT. SAMUDRA DYAN PRAGA プロジェクトマネージャー
インドネシアという国の多様性と未来に向けた価値観を感じていただくことを目指しました。「自然・文化・未来の調和」というテーマを軸に、空間全体を一つのストーリーとして設計しています。
「自然エリア」では熱帯雨林のような演出とアート作品を通じて、インドネシアの豊かな自然環境や生物多様性を体感できます。会場にはコモドドラゴンやクジャク、スマトラゾウなどを描いた著名アーティストの作品が並びます。「文化エリア」は伝統武器や武術の映像、地域に根ざした文化を紹介し、継承されてきた価値観を伝えます。「未来エリア」では、伝統の知恵やことわざを通して、持続可能な未来社会に向けた思考を促す構成にしました。重視したのは、展示を見るだけでなく、感じる・考える体験として記憶に残すことです。
─パビリオン内では、観光やビジネスといった要素も盛り込まれています
インドネシアという国を一つの側面ではなく、立体的に体験できるよう構成しました。文化的な魅力を伝える展示や舞台パフォーマンスに加え、インドネシアの食文化や織物などを体験できる空間、さらにビジネスフォーラムやプライベート会議スペースなど、交流や協業の場も用意しています。特に意識したのは単なる紹介や装飾ではなく、インドネシアの多様な側面に触れられる空間を目指したことです。ゾーンの切り替えも、展示や体験、商談が一つの流れの中で展開されるようになっています。観光客はもちろん、ビジネス関係者や文化交流を目的とした来場者にも、それぞれ有意義な時間を感じていただける空間になったと考えています。
─国際プロジェクトならではの課題や工夫は
フジヤ 現場推進担当
当社は博覧会協会や政府機関、監査会社、サムドラ社、建築・内装チームなど、さまざまな立場の方の意見と工程を統括し、整合性を図りながら、約14カ月かけてパビリオンの基本構想をかたちにしていきました。
特にサムドラ社とは、文化や言語の違いを丁寧に埋めながら信頼関係を築くことを重視しました。会議資料を両言語対応するなど、コミュニケーションのストレスを減らすよう工夫しました。納期や時間感覚についてもすり合わせが必要だったので、定期的にリマインダーを出し、日本の進行ペースに合わせていただきました。細かなフォローが円滑なプロジェクトの推進につながったのではないかと思います。
─建築や素材において、こだわった点をお聞かせください
17,000を超える島々を擁するインドネシアの姿をかたちにしたデザインであり、船のモチーフを通じて国の成り立ちと海洋文化を表現しています。また、素材にも強いこだわりがあります。構造材には、米ぬか残渣やリサイクルプラスチックなどを原料とする「プラナウッド」を採用し、環境負荷の低減を図っています。さらに、エネルギー効率の高い照明・冷却システム、リサイクル素材の使用など、持続可能な展示建築としてのあり方を実現しました。
─特徴的な外観です
ATA 取締役 設計部長
船首をイメージした、2階部分が突き出した正面形状のため、エントランス部分の柱からのキャンチレバー(片持ち梁)※1とし、躍動的な印象を持たせるようにしました。
さらにユニークなのが、建物左右に取り付いている鉤状のファサード※2です。後方から前方に向け全長が長くなり、特に前方10数本が傾斜したデザイン形状のため、それらが倒れず固定されるよう、後方の30本以上のファサード部材で引っ張るような構造になっています。
※1 キャンチレバー(片持ち梁):一端だけで支えて、もう一端は宙に浮いている梁構造 ※2 鉤状のファサード:鉤(かぎ)のように曲がった外装フレーム部分のこと |
─今回「ATA-CLT-S 構法」※3が採用されました。設計・構法面で特に工夫した点について教えてください
耐力壁としての CLT を有効に配置することで壁の量を減らし、平面計画の自由度を上げています。また CLT には窓やダクトが通る開口が多数ありますが、それらの位置を事前に確定させ、プレカット工場で加工することで、工期短縮を図るよう努めました。
2階シアターはATAトラスを用いることで大空間を構成していますが、天井の形状はそのトラスの形に沿った形としています。今回の万博にあたり、閉幕後に木造部分を移設する可能性を考え、一般的な積雪地にも対応できるよう構造計算に積雪荷重を考慮しています。
※3 ATA-CLT-S 構法:ATA が開発した木造の建築構法。CLT(= Cross Laminated Timber /直交集成板)という木材パネルを使用し、柱のない広い空間を効率的かつ環境負荷を抑えて構築できる |
西尾レントオール レントオール事業部 木造モジュール課 担当課長
木構造である CLT と鉄材を組み合わせる上で、構造が異なるエキスパンション部分は、これまでに類似の施工事例が少なく、設計段階から調整に時間を要しました。検討・協議を重ね、外部コンサルやメーカー技術者の方々からアドバイスを受け、なんとかかたちにすることができました。また会場には短い工期や搬入制限など、万博特有の厳しい条件が課されていたため、現場での作業をできるだけ減らす工夫が求められました。当社では、R&D 国際交流センター(大阪市住之江区)をラストマイル拠点とし、資機材の仮置き、検品、仮組みに加え、工場でのプレキャスト化※4を進めました。
※4 プレキャスト化:建物の部材(壁・床・柱など)を建設現場ではなく、工場など別の場所で事前に作っておくこと |
R&D 国際交流センターは夢洲のとなりの咲洲にあるため、現場が必要とするタイミングで、CLT やファサードのような大判の資材を搬入することができ、工期の短縮につながったと感じています。
─空間設計や展示演出についてもお聞かせください
フジヤ プロジェクト設計メイン担当
最初の展示ゾーンである「自然エリア」は、熱帯植物が生い茂るジャングル空間を再現しました。屋内でジャングルを表現する上で、日本の気候や長期の維持管理などの課題がありました。植物が枯れないようにするために、日本各地で南国植物を早い段階から育成・調達し、実はすべてプランターに植えて設置しています。7mを超える樹木も、根を小さく育て、床に固定し、植栽や擬岩でプランターを覆って自然に見せました。滝から本当に水が流れ、ミストや照明と組み合わせた演出によって、ジャングルの生物多様性や雄大な自然を表現できたと思います。
また「未来エリア」では、インドネシアの新しい首都「ヌサンタラ」の計画を紹介し、模型とプロジェクションマッピングで未来の都市を体験できます。当初の模型制作用データは複雑すぎたため、再モデリングから始まり、直径7mを超える模型を完成させました。模型制作の技術とインドネシアの映像チームとの連携により、造形と映像が融合した展示となり、未来の都市計画やインフラの詳細を視覚的に伝えることができました。さまざまな技術や専門知識を持った多くの協力会社が参加しており、迫力のある展示空間を創り上げることができたと感じています。
フジヤ インテリア設計担当
ダイニングルーム(カフェエリア)のシンボリックなラタンオブジェは、透過性のあるデザインのため、下地を目立たせない方法と最適な素材選びという2つの視点から検討を進めました。素材においては、天然のラタンは消防基準を満たさないため、サムドラ社のアドバイスで人工ラタンを採用することにしました。複数の企業からサンプルを取り寄せたところ、インドネシア製品が適していると分かり、現地企業と接触することができました。
オブジェはアルミパイプでフレームを組み、その上にラタンを編み込む構造です。初めて扱う素材だったので、工場で制作工程を確認し、各工程で仕上がりをチェックしました。検品は現地スタッフの協力を得ながら行い、編み目の均一性や各パーツの実測、仮組みなども確認し、課題は現地のノウハウをもとに解決しました。特にラタン編みはすべて職人の手作業で、上に向かってすり鉢状に広がる造形に対して、フレーム上に幾何学模様を均一に編み込んでいく技術は、まさに職人技。とても格好いいオブジェに仕上がったと思います。
─パビリオンに関わる中で苦労した点は
ファサードの制作・施工については3次元での数値、ポイントが必要なため BIM ※5を活用し実現させることができました。実際の施工の際にはBIMのデータがあるものの、すべての本数に担当者が立会い、人の目を通して一本一本微妙な角度や高さの修正を何度も行いながらベストな形状となるよう施工しました。この時期はちょうど12月~2月の真冬であり、冷たい海風が吹き付ける中、施工いただいた職人の皆様には頭が下がります。
※5 BIM(ビム):Building Information Modeling(ビルディング インフォメーション モデリング)の略称で、建築物を3次元のデジタルモデルとして設計・管理する技術 |
実施設計と施工が並行して進んだため、事前の検証や仮組みが十分に行えず、現場で製作内容を修正することも多かったです。また建築工事が進む中で、内装・展示、植栽などの演出工事も同時に進める必要があり、作業エリアや車両搬入、工具・仮設資機材の手配など、工種間での綿密な調整が欠かせませんでした。
限られた空間に多くの作業員が入り交じる状況では、昼夜交代制で作業を続けることもあり、現場の負担はもちろん、管理面でも労務調整が大きな課題となりました。
─今回、国際的なプロジェクトに関わったことは、どのような経験となりましたか
フジヤ 統括推進担当
本プロジェクトでは、日本とインドネシア、両国の文化や働き方の違いをつなぐ「橋渡し役」としての役割を担いました。コミュニケーションスタイルや業務の進め方に違いがある中で、そのバランスを取りながら、プロジェクトを円滑に進めていく力が養われたと思います。また取り組む中で、両国それぞれの「当たり前」が違うことにも気付かされました。大切にしている価値観や優先順位が異なる場面も多くありましたが、その違いを認め合い、混乱を避けながら柔軟に対応する姿勢の大切さを学びました。
ディスプレイ業界に入って3年目になりますが、今回を通じて、ディスプレイの仕事は単なる施工ではなく、一国の物語を世界に伝える「形」を創り上げる仕事であることを改めて実感しました。
プロジェクトの進捗管理に関しては、日本とインドネシアで考え方が根本的に異なり、特に中盤までは対応に苦労する場面もありました。言葉の壁もあって、最初はコミュニケーションがなかなか取りづらかったのですが、時間が経つにつれて意思疎通ができるようになり、スムーズに進むことが増えました。進捗管理の考え方は国によって違うので、あらかじめ情報が共有されていれば、現場での戸惑いはもっと減らせたのではないかと思います。
また会場を見渡すと、NISHIOグループが手がけたパビリオン以外にも、木造化・木質化された建物がいくつも見られました。これまで鉄骨が主流だった中大規模建築でも、国内外問わず木造化が進んでいると実感しています。今回、パビリオンという特殊な条件下での構造設計を担当したことで、当社としても対応力の幅が広がりました。この知見を今後に活かし、木造による中大規模建築のさらなる普及につなげていきたいと考えています。
営業、設計、調達・製作、現場施工、プロジェクトマネジメント、そして外部のコンサルタントの方々など、それぞれの専門家が集まり、共に一つのゴールを目指してプロジェクトを進める。このような大きなプロジェクトに参加させていただけたことに感謝したいと思います。各社・各人が持つノウハウやブレーンの力を得られたからこそ、こうした大規模なプロジェクトを完遂できたと感じています。
一方で、うまくいかなかったことや失敗したことも数多くありました。特に自分たちができなかったことやミス・トラブルについては、改めて洗い出し、JV内や社内で課題の解決方法を精査し、製品や工法の改良、仕事の進め方の改善につなげていきたいと考えています。
フジヤ プロジェクト統括責任者
今回のプロジェクトや、そのほか携わったパビリオン、そして万博を通じて、当社は国際展示会における標準やクライアントの期待について、貴重な学びを得ることができました。こうした国際プロジェクトに携わる中で、当社のすべてのサービス提供を強化し、グローバルな存在感をさらに広げるための基盤づくりにもつながっていると感じています。
国際展示会市場には、国ごとに異なる期待や基準があると認識しています。今後もグローバルなトレンドやベストプラクティスへの積極的な適応を企業全体で進めていき、来場者の体験価値を最大化するインタラクティブ性や没入感のある空間を提案していきます。また、国内外の企業が抱える多様なニーズに柔軟に対応できる、革新的な展示と空間デザインを目指してまいります。
─最後に来場者に向けて、それぞれの立場から注目してほしいポイントをお聞かせください
来場者の皆様には、インドネシアパビリオンのデザイン、素材、設えのすべてが、先祖代々受け継がれてきた価値観や哲学に根ざしつつ、持続可能な未来に向けたビジョンを取り入れていることを感じていただきたいと考えています。
「自然エリア」はインドネシアの植生に囲まれた吹き抜け空間になっており、屋根が全面ガラスのため空が見え、まさにジャングルに来たような気分で熱帯雨林の自然を感じることができます。
また2階のシアター空間は、住宅に使われるものと同じ部材で構成された木造空間であることも、ぜひ知っていただきたいポイントです。そして、やはり外観にも注目してほしいです。船を模した建物と前傾したファサードにより、海洋国家・インドネシアが前進するイメージを現地で体感してもらえたらと思います。
建築が複数の構造で成り立っているように、パビリオン内のコンテンツも順路に沿って、それぞれテーマを持った構成になっています。ぜひその空間を肌で感じながらインドネシアの自然と文化を体験していただきたいです。
パビリオン正面やリングの上から見る外観にも特徴がありますが、特におすすめしたいのは、ライトアップされた夜間のファサードです。どこか影絵のような印象があって、とても魅力的です。
そして最後に、出口を出てからパビリオンを見上げていただくと、もしかしたら私たち施工者の苦労が少し伝わるかもしれません。