マーケティングの代表格である「展示会」は、どのような役割を担い、なぜ必要なのか。この根本的な問いに対して、長年にわたり展示会ビジネスを手掛けてきた堀氏と管埜氏が対談を通じて思いを語る。展示会ビジネスの魅力とは何か、未来の展示会とはどのような姿なのだろうかを問う。(聞き手=池上龍朗)
※本記事は展示会専門紙『見本市展示会通信』に掲載した内容を編集したものです。
(前回②はこちら)
最近話題のトピックについて
ーー今回は3回目の対談となりますが、最初にお会いした時に「今のトレンドはどうなっているのか」というお話をいただいたと思うんですが、まずはそのあたりから。
堀 展示会業界が今後明るい未来を持つという前提で、現在のトレンドについて触れると、まず世界を見てみることが重要です。世界の展示会業界が抱える課題と、その解決の方向性には主に4つの柱があります。
1つ目は「サステナビリティ」。もちろんカーボンニュートラルといった環境への配慮も含まれます。2つ目は「AI活用」と「デジタル化の推進」。3つ目は「経営課題の解決」。売上や利益、生産性の向上といった経営上の課題に対する解決策として、企業や展示会のM&Aなどが挙げられます。4つ目は人材確保」です。これは世界的に共通した課題であり、解決に向けた取り組みが進んでいます。
ところが、日本はこれらの分野において非常に遅れているという評価を受けています。たとえば「日本の展示会産業は人材の将来性が見込めない」といった見方や、「PRや情報不足で世界からの注目度が低い」といった声もあります。しかし、これはピンチであると同時にチャンスでもあると思っています。世界の事例をしっかり学び、日本もそれを活かして展示会の価値を高めていくことができるはずです。
特に「サステナビリティ」はすぐにでも取り組むべき課題です。これを怠っていると、競合の展示会が優位に立ってしまう。今や出展者が展示会を選ぶ時代に入っています。つまり、「サステナビリティに取り組んでいるかどうか」が選ばれる基準になるんです。この点については、管埜さんとも一致していたんですが、サステナビリティへの取り組みは、ポジティブな見方をしますとビジネスとしても展開できるんです。たとえば、サステナビリティに感度の高い企業から協賛金を得る手段にもなりうる。こうしたトレンドに乗っている展示会や主催者は、結果的に人材確保にも成功しているんですね。
そしてもう一つ、明るい材料として最近のデータがあるんです。展示会場の面積が増えている、というものです。UFI(国際見本市連盟)の「グローバル・エキシビション・バロメーター」によると、2019年から2024年にかけて世界の展示会場の面積が109%伸びているということなんですね。これってすごいことなんです。
明るい兆しとして、日本 国内でのトレンドも大きく3つ挙げられると思います。1つ目は「国際化」です。世界情勢を見ると、アメリカは政治的に不安定で、ヨーロッパも景気が低迷。中国もセキュリティ上の問題を抱えています。そうした中で、日本は「安全で安定した投資すべき市場」として評価され、展示会産業にとってもポジティブな環境が整ってきています。
2つ目は「新しい領域の展示会」です。これはあまり公にはしたくないんですが(笑)、実は日本の主催者、特に日本人って本当に目のつけどころがいいんですよ。既存の産業領域が飽和している中でも、ニッチな分野に着目して、新しい展示会を生み出す力がある。再編集するシャープな力もある。これって本当にすごいことだと思っています。
3つ目は「展示会の地方開催の増加」です。これは国や自治体の支援もあって、地域経済への波及効果や地元産業の育成にもつながります。今後、ますますユニークな「その地域ならではの展示会」が地方から生まれてくる可能性が高いと思います。
管埜 私のほうからも少しだけ。個人的な見解ですが、展示会って「定期的に開催されるもの」というイメージが強いと思うんですが、たとえばAIの博覧会みたいに、2カ月に一度開催されるような例もありますよね。これはまた別の可能性としてーー。
その展示会は都内でもいろんな場所でやったりしますよね。それって本当に新しい活動だなと思っています。特にAIのように活用範囲が非常に広いテーマになると、単なるイベントとしてではなくて、「どの産業分野のAIなのか」という切り口が必要になる。
たとえば「生産分野のAI」や「医学分野のAI」など、サブテーマごとに展開できますよね。そこに参入する企業もまた違ってきますし、チャンスが増えていくわけです。今までのように「年に1回」とか「半年に1回」じゃなくて、もっと頻度を高くして、新しいモメンタムを作る動きが出てきていると聞いています。これは日本にとっても明るい兆しであり、新しいパターンが生まれつつあるのかなと感じています。
堀 それは本当にその通りだと思います。特に出展者側の視点から見ると、DX系の製品やサービスに関しては進化のスピードが非常に速い。実際、DX系の展示会って、毎月どこかで開催されているくらいです。それに対して「毎月出展するなんて」と言われがちですが、出展者側にはそれだけの価値があるのですよね。

ーー今、ニッチな分野の展示会の話が出ていましたけど、どのあたりにそういうものがあるのか、ちょっと聞いてみたくなりますね。
堀 いろんな角度から展示会を編集ができるということですね。たとえば、働き方改革の展示会は、総務系なのかHR系なのか、いろんな側面がありますよね。編集がうまいというか、カスタマイズの発想がすごく柔軟。そういう編集の巧みさがあって、出展者の立ち位置・居場所が明確になるわけです。
ーーなるほど。サブテーマの絞り込みの話にも通じますね。
管埜 はい、まさにそうです。もともと僕が思っているのは、展示会ってメディアそのものなんですよね。テーマをどう切るか、どう構成するか。そこに読者(=来場者)がいて、出展者がいる。まさにメディアの考え方と同じなんです。だからこそ、ビジネスのいろんな関係者、ステークホルダーが集まって、活性化できる仕組みにすることが重要。サブテーマの切り方次第で、それは可能だと思います。
堀 その通りですね。主催者がサブテーマをフォーカスしてうまく編集することで、いろんな可能性が広がりますよね。
ーーもう一点、いわゆる〝逆輸入型〟の展示会です。これまでって、海外の展示会をそのまま日本に持ってくるって、あまりなかったと思うんですよ。フランスの「TRANOÏ」みたいに、海外でやっている大規模な展示会をINTEROP的に日本に持ってくるとか、そういう動きが増えてきた日本市場を、あえて舞台として選ぶという流れが来ていますよね。
管埜 以前からそういう話はちらほらありましたが、日本に良いパートナーがいれば、一緒にやろうという動きが本格化していますね。
私も個人的に関わったのですが、コロナ禍の前の話で、「スタジアム&アリーナ」っていう、スポーツ施設関連の展示会がありまして。大規模な主催者ではないところが、ずっとやっていたんですよ。彼らが以前にシンガポールで開催したものを、日本に持ってきたいと考えていたんですね。第1回を横浜アリーナでやることになったんですが、言葉の壁や文化の違いが障害になっていてなかなか苦労していた。それが偶然私たちと出会うことになり、「一緒にやりましょうか」となり、無事に開催できたんですね。そのことを通じて、日本はある意味では非常に閉鎖的なマーケットでもあるので、海外の主催者にとって「どうやってその壁を突破するか」という意味では、良いケーススタディになったと思っています。
堀 それで言うと、海外のある主催者が私のところに来たんです。自社主催の展示会のアジア展開を検討していた中で、「日本で開催するのがいい」と判断したそうなんですね。シンガポールでも開催してみたけど、結果的に「やっぱり日本だ」と。
これは評価項目やチェックリストなどの検証を経た上での判断です。たとえば、以前はアジアで1カ所だけ開催する場合、香港やシンガポールが主流だった。でも、今やそれが日本になってきている。これはまさに〝明るい兆し〞ですよね。
AIの運用と未来
ーーテーマが広がってしまいましたが、そろそろAI絡みのお話に進みたいと思います。
管埜 特に最近のUFI(国際展示会連盟)の市場バロメーターを見ていると、やっぱりどの分野でAIがどう活用されているかということが重要になっているようです。アンケート結果によると、AIが使われているのは、営業・マーケティング分野、それからリサーチ分野、さらにイベントプロダクション、つまり運営ですね。そして来場者管理、ここはまさに管理面で一番近いところだと思います。
堀 他にはどんな分野ですか?
管埜 リスクマネジメント。この5つの観点で、どう運用しているのか、活用が進んでいるのかというのが、最近のUFIのバロメーターに示されていました。それと同じように、IAEE(米国の国際展示会協会)が昨年12月に開催した「EXPO!EXPO!」でも、かなり大きなテーマとしてAIが取り上げられていました。
単に生成系AIを開発するだけでなく、そうしたAIを実際に組み込んで管理ソフトやアプリケーションを構築する動きが非常に活発になっています。効率化を進めること、また人的リソースが少なくても運用可能な仕組みとして、AIが活躍する。まさに今、日本でも盛り上がってきていて、イベントの管理や運営にどう活かすかが今後の課題だと思います。アメリカやヨーロッパでは、AIを組み込んだアプリケーションが開発され、既存アプリの進化も相当進んでいるとのことでした。
堀 非常に鋭い動きですね。たしかに、コロナのような感染症対策においても、AIは非常に有効だと思います。展示会場内の来場者の動きや登録情報の管理など、リスクマネジメントや来場者管理の視点から、AIは安全・安心な展示会運営に貢献するツールになるでしょう。
ーー大きな展示会だと、受付に長蛇の列ができるのが一般的ですが、そこにも応用できるのでしょうか?
管埜 それをどう効率的に流すか。たとえば、どれだけの受付を設ければスムーズにフローできるかという設計は、まさにAIの得意分野です。それは来場者にとっての安全性にも直結しますしね。
堀 そうですね。来場者にとっても、自分の興味のあるエリアに効率的に行けるような導線設計は非常に重要です。そして主催者側にとっては、来場者がどう移動したかのデータを分析することで、レイアウトの最適化が可能になります。
管埜 経験則で「縦に配置したほうが良い」とか「横に置いたほうが良い」といった議論も、データで検証できますよね。来場者の動線を分析してより効果的な宣伝活動や配置計画に活かせます。
堀 まさに展示会に必要なマーケティングナレッジですね。
管埜 たとえば、ある来場者が特定の製品を見に来た時には、どういうルートを辿ったのか、どこでどれくらい滞在したのかという情報が得られれば、出展者にとっても非常にありがたいデータになります。
堀 そうですね。目的がはっきりしない来場者も多い中、そういった情報をもとに集中してターゲティングできるのは大きな利点です。たとえば、AIを使って、来場者が展示会の約3カ月前から、出展者と事前に時間を決めて面談予約をしておく、というような工夫もあります。
展示会ビジネスにおけるデータ活用
管埜 たしかに。コロナがひとつのきっかけだったんでしょうね。おそらくデータは以前から存在していたんです。ただ、そのデータをどう活用するか、どう読み解くかということが問題だった。
たとえば、ある展示会で「来場者はこれだけ」「関東から何パーセント、大阪から何パーセント」というようなデータがありますよね。数年分のデータを見て、関東からの来場が減少し、地方からの来場が増加している傾向があるとすれば、それは「地方開催の可能性が高まっている」という主催者へのヒントになります。これまでは固定的にデータを一つひとつ分析していたところを、AIならさまざまなデータを統合して、「こういうトレンドがあります」と示してくれる。それは、主催者にとっての企画やマーケティングに大きく活かせるのではないでしょうか。
堀 まさにその通りですね。BtoBの世界では展示会とインターネットはリード獲得という点では競合するメディアだったのに、今になってようやく本格的に相互補完としてそれぞれの強みを再評価して使うようになったというのが今更ながら驚きです。
ーー来場者にとっても、興味のある情報を入力するだけで最適なルートを提示してくれる。そんな仕組みが今後求められていくのではないでしょうか。
管埜 よく業界の方で「コロナを経て対面の価値が高まった」と言いますが、そこにAIが加わることで、展示会はさらに強力なマーケティングメディアへと進化していると感じます。AIの進化によって、出展者の効果測定も可能になりますし、今ではDX系の展示会などでは、AIやネットを活用して、来場者数や商談数を即時に公表している例もあるんですね。
堀 リアルタイムでの数値開示をしている現実、すごいですよね。
管埜 それによって出展者も主催者も緊張感を持ちますし、出るか出ないかの判断もデータをもとにできます。透明性が高まるというのは、マーケティングツールとしての展示会の価値をさらに高めることになります。
堀 とても良い傾向だと思います。来場者も出展者も、ますますITリテラシーが高くなってきていますよね。
ーー話の方向性を変えまして、世界的には、展示会業界のプレーヤーが経営状況を定点で共有し公表をしています。今まではそこまでの指標を求められていませんでしたが、今後は、確実にそういった雰囲気に変わっていくと思っています。
管埜 まさにその通りです。これまでの指標と言えば、小間数・出展者数・来場者数のような、10年前と何ら変わらないものばかりでした。でも本来なら、もっとお金に関わる指標が出てきてもいいはずです。
堀 そうですね。企業の利益、展示会ごとの利益、人件費の割合や増減の割合(%)など、共有すべき指標はたくさんあります。海外ではその共有を定期的に当たり前にやっていますね。
管埜 上場企業であるなら、必然的に公開しなければならないんですよね。
展示会の持つパワー(力)について
管埜 では、今月に予定している我々の「書籍化プロジェクト」にも絡めて、お話ししましょうか(笑)。
今回お話を伺った12社の代表者からお話しをお伺いしてみたのですが、展示会の「高度化」「サステナビリティ」「地方開催」「人材育成」「安全・安心な開催」「統計整備」「MICE業界との連携」ーーこれらがほぼすべての方から挙げられた共通キーワードでしたね。
堀 それに加えて、多くの方が共通しておっしゃっていたのは、「展示会は大きな経済効果を生み、人を動かす魅力のあるビジネスだ」ということでした。ここでも「展示会の力」をもっと広く伝えるべきだという声が強かった。
管埜 まさに、今回予定している「書籍化プロジェクト」もその一助になることを目指しています。こういった活動を通じて、展示会ビジネスの価値をより多くの人に知ってもらいたいと思います。そして、自分たちの仕事にもっと誇りを持てるようになってほしいですね。それに、今回お話を伺った12
社すべてが、ほとんど同じような意見を持っていたというのも印象的でした。
ーー3度にわたり、興味深いお話をありがとうございました。