ビジュアル演出の現場
~プロが語る仕事の舞台ウラ(partⅠ)
映像演出の現場のようすを、事例解説のかたちでレポートします。今回は映像のプロたちとともに、ディスプレイ大手の丹青社から、デザイナーでもあるディレクターの池田正樹さんをゲストに迎え、空間づくりの視点からの映像演出を語ってもらった。2回に分けて掲載します。
【出席者】 写真左から
須賀 弘さん (株)教映社 イベントシステム事業部 首都圏営業部 営業一課 課長
佐々木 晃さん ヒビノ(株) ヒビノビジュアルDiv. 営業部 部長
井上 順平さん (株)光和 レンタル本部 テクニカルセンター チーフ
池田 正樹さん (株)丹青社 CS事業部 コミュニケーションスペースデザイン統括部デザイン部2課 ディレクター
ブース丸ごと3Dシアターという大胆さ
--まずは須賀さんから事例を紹介してください
須賀 ちょっと前の事例ですが、2010年の「国際物流総合展」に出展したダイフクという会社のブースです。搬送システム、いわゆるマテハンのリーディングカンパニーで、毎回大がかりな機械を展示していたのですが、この年は一切の展示をせずに、3Dシアターだけを展開するという出展内容でした。
--私も見ました。3Dシアターだけを入れ替え制でひたすら上映し続けるという、それだけのブースなんですよね。
須賀 この年は3D元年などと言われて、とても流行ったんです。ですから集客力はすごかったですよ。最大で30分くらい並んだと聞いています。
池田 ダイフクの商品や仕事の映像を流しているんですか
須賀 全編オリジナルのCGアニメを上映したのですが、具体的な商品だとか、会社の紹介は一切ありませんでした。物流が私たちの社会や生活にどれだけ大切であるかをストーリー性のあるアニメで表現しながら、ダイフクの社名とブランドを訴求する内容でした。尺(上映時間)は10分くらい。台詞や説明はほとんどなく、音楽だけで展開しているんです。
--本当に上映だけなんですよね。チラシの1枚も配らない。接客スペースもない。名刺すら集めない。アニメの製作費だけでも、相当な費用がかかっていたと思います。
(一同) 信じられない。
池田 来場者はビジネス目的の関係者なんですよね?
須賀 マテハン業界では世界最大手の会社で、世界中に製品を収めていますから、この展示会の来場者にダイフクを知らない人はいないと言ってもいいくらいだと思います。
--そういう立場が前提にある手法であったことは間違いないと思いますが、ここまで極端なやり方は見たことがありません。正しいかどうかは別として、これに絞り込んだ出展者の勇気もすごいなと。でも集客力は本当にすごかったです。“3D THEATER”のサインであれだけ並ぶのですから、まさに3Dという流行を利用した効果だったと思います。
井上 クローズなブースは来場者が「中で何をやってるんだろう」と興味深くなります。そこに3Dを合わせるのですから、やり方が上手いですよ。
--入り口のLEDも自由なカタチに組んでいていいですね
須賀 「レディウム」という商品で、電飾ツールのようですが、ひとつのキューブが4㎝角と小さいので、ビジュアルを映し出しても機能します。このときのビジュアルコンテンツも弊社でつくりました。立体的にLEDを設置することで、映像機器というより空間を構成する装飾資材としての役割ですね。施工屋さんと相談しながら補強を入れてつくったのですが、最近はこのように、映像とディスプレイの融合が進んでいると感じます。
お客さんの情報源に動画サイト
須賀 こちらは「JWC」というシチズン、セイコー、オリエンタル3社合同の展示会。ヒビノさんの「ステルス」という25㎜ピッチのシースルーLEDディスプレイに、サムスンの46インチシームレスの4面マルチです。マルチの部分にバーゼルの展示会の映像を流し、ステルスにはオリジナルの映像をつくって同期させました。
--こういった演出は誰が考えるのですか。
須賀 これはメーカーさんが考えて私どもが具現化している感じです。ほかでやっているときの映像をお客さんがもってきて「ウチでもこういうのやりたい」と。
佐々木 YouTubeの映像を見て「これどうやるの」という問合せがとても多いですね。昨日もメールでそういう問合せがありました。先日も「YouTubeで見たやつをお客さんに提案したいので、仕組みをおしえてください」と、代理店から。
須賀 ファッションショーの演出は問い合わせが多いです。「海外でこういうことやっているんだけど、できますか」とか。
池田 YouTubeは映像の仕事のやり方を大きく変えましたよね。WEBを通してエンドユーザーがさまざまな映像を見られますので、同じイメージで、というアプローチが大変多いです。僕らも演出手法を考えるときに、ヒントを得る手段のひとつとしてYouTubeは利用します。それを見て仕組みがわからないときは、みなさんにお聞きしてます。
佐々木 同じことをやれと言われても、一筋縄ではいかないこともあります。予算や映像素材のパテントのしばりで実現できないことが多いです。特定の代理店などがあって、そこでしかできないこともありますね。
池田 YouTubeではきれいに見えても、実際にやってみるとそうでもないときもあります(笑)。あと、すごい演出だなと思ったら実はCGで、リアルな空間でやったものではなかったということもありました。テレビやPCで見た映像のイメージが、そのまま実現できるとは限らないということをクライアントは知っておくべきです。。
井上 実際に見ると冷めてしまうことも多いです。人間の目はカメラより高性能ですからね。ダイナミックレンジ(識別可能な信号の幅)が機械とは比較にならないくらい優れてる。
コンテンツづくりも仕事のひとつ(?)
--本題に戻しましょう。こちらもJWCですか。
須賀 はい。半球体のバルーンに内側からプロジェクタで映すという演出です。「Eco-Drive DOME」という新商品にひっかけて、このようなカタチの映像演出になりました。
--立体感があって迫力がありますね。
須賀 難点は、空気を絶えず送り続けなければならないので、サーキュレーターの音が相当うるさいです。それでもイベント会場は、環境音が大きいことが多いので、あまり気になりませんが。
井上 ホテルの宴会場など、天井の低いところはうるさくなりそうですね。
--映像コンテンツは、球体のゆがみに合わせてつくらなければいけないんですよね。
須賀 はい、このときは映像コンテンツの製作も弊社でやりました。時計が見え隠れする部分は、商品のモックを借りてグルグルまわして撮影したのですが、なかなかうまくいかず、試行錯誤してやっとつくれたという感じです。10数秒の映像をつくるのに、ずいぶんと苦労しました。
--それにしても、映像コンテンツそのものをつくることもあるんですね。
佐々木 私はそういう仕事してないなあ。
須賀 今回のように、画面のサイズやカタチが、既成の4:3や16:9ではない場合は、一からつくるしかないですからね。レンタルの仕事からは外れていますが、僕らはお客さんに頼られたら「やってやろう」となりますから。この件に限らず、お客さんの要望が多様化していることは確かです。こういう部分が付加価値になるんじゃないかと。機材の貸し借りだけではこれからの時代は厳しいでしょう。
佐々木 コンサートなどでは、会場によってスクリーンの形が違いますので、社内でも何人か映像を修正する担当がつくときもありますね。それにしても須賀さんの仕事はすごいですよ。
予算や会場に合わせた機材選びと演出
--次は佐々木さんのお仕事を見せていただきます。
佐々木 「キャンコレ」という、女性ファッション誌『CanCan』と『AneCan』によるファッションイベントです。会場はラフォーレ六本木。通常ファッションショーは、舞台背面にLEDを多数配置して、明るい舞台の上をモデルさんが歩くのですが、このショーは予算的な都合でフロントからプロジェクタを投影しました。18mの幅に3台のプロジェクタを使用しました。ショーの後半にでてくる復興支援の映像は、特にきれいに見せたいということだったので、真ん中の部分をハイビジョンサイズで見せながら、ブレンディングが出ないように工夫しました。完全な平面ではなく多少の段差がついているので、マッピングぽくしています。「グラスホッパー」というビデオサーバを使って調整しています。
モデルさんが歩くランウェイに影が映らないように、プロジェクタを天井目いっぱい高く上げました。下からイントレ(台)を立ててその上にプロジェクター乗せているんです。
--プロジェクタは何ですか
佐々木 1万2000ルーメンのものを3台。1台50kgくらいです。
--安全面は大丈夫なんですか
佐々木 ラッシング(ロープやワイヤーで固定すること)さえしておけば、落ちることはありません。ただし、このような場合でも万が一に備えて、プロジェクタが客席のところまで張り出さないようにしています。
--安全には万全を期しているんですね。
井上 プロジェクタもだいぶ軽くなりました。これくらいなら2人で持てますから。昔はクレーンがないと上げられませんでしたからね。
--これをLEDにしなかったのは予算の問題?
池田 予算の制限がない物件なんかゼロですね。
井上 映像に関して言うと、LEDかプロジェクタの選択が、予算によって決まることが多いです。LEDでもピッチが細かい、高精細のものは高くなります。LEDならこのように照明が多く使われている舞台でも明るく、きれいに映せます。プロジェクタですとどうしても明るい場所ではパフォーマンスが引き出しにくいですね。そういうレギュレーションと、お客様の予算やシチュエーションを考えながら、たとえば、真ん中だけLEDにして端の部分はプロジェクタにするとか、工夫するんです。
予算や会場に合わせた機材選びと演出(その2)
佐々木 こちらは、モーターショーのダイハツブースです。ステージの幅いっぱいに映像を入れたいということで、当社の25㎜(ピッチのLED)で予算を組んでみたのですが、なかなか合わなくて、コマデンさんの100㎜ピッチを借りました。これを背景にして、車種ごとに6㎜ピッチ・130インチのLEDと組み合わせました。
手前の画面が小さくて、背景もドットが荒いので、映像コンテンツはハイビジョン1枚でつくりました。
--別々に出力しているのではないのですか
佐々木 VTR1台で4コーナーと背景の映像が入っています。ワンソースで5画面分を出力しているということです。
井上 絶対同期というやつですね
佐々木 おのおののレゾリューション(解像度)が低いので、こういう手法も可能なんです。機材が少なくてすむので、バックヤードは狭くてもOK。オペレーションも楽だし、コストも抑えられます。
--予算の中でこういうことやりたいていうリクエストに応えていろいろと方法を考えるわけですね。
佐々木 出展者さんには細かく説明はしないですが、代理店さんにはしくみを説明して、それに合わせてコンテンツを製作するようにお願いします。その分安くなればいい。
厳しすぎる予算では演出もにも限界がある
--こちらはトヨタブースですね
佐々木 モータショーはビッグサイトの西1ホールがすべてトヨタ系(レクサス、トヨタ、ダイハツ)だったので、ホール天井の照明をすべて消すという演出が可能になりました。壁面まるごとに映像を映し出したいという要望でしたが、LEDではとうてい予算が合いませんでしたので、プロジェクタでやることになりました。背景にハイビジョン8面分、その上から車種ごとの説明用の画面を別のハイビジョンプロジェクタで、5面映し出しました。
「キャンコレ」と同じで、クルマの影が壁面に映ってはいけないので、プロジェクタはかなり高い位置から打ち下ろしました。正面の壁が微妙なアールになっていて、これが大変でした。多くの映像会社さんに助けてもらってなんとかできたんです。
--プロジェクタはどんなものを
佐々木 背景は1万ルーメンのデュアル。車種ごとの画面は6,000ルーメンのデュアルです。合計26台のプロジェクタを吊って、13面のハイビジョンを同期させました。
池田 車種ごとの小さい画面の部分は、背景のプロジェクタの部分は切り取っているのですか。
佐々木 はい、切り抜いています。スイッチャーで1面として出そうかという案もありましたが、車の説明のところで画質が悪くなるのはまずいということで、そこだけ別なプロジェクタで映しています。それでプロジェクタの数が多くなったのです。
奥の方にドラえもんたちがいる丘があって、その裏にもプロジェクタが多数あったのですが、丘のためにメンテナンスにいけませんでした(笑)。
池田 このブースはとてもチャレンジャブル(挑戦的)でしたよね。
佐々木 コンテンツをつくっている人がとても著名なかたで、イベントチームではなかったんです。
--ただ、ブースとしては酷評もありましたね。
佐々木 (映像が)暗いって言われましたね。しかし、やるべきことはやったと思っています。
池田 決して悪いブースではなかったけど、暗いというのは問題だったと思います。このブースは若者にクルマに乗って欲しくて、ドラえもんのストーリにのせてトヨタを売るプロモーションですよね。映像をきちんと映すための暗さだったのですが、ブースのコンセプトからみて最適なソリューションだったかは、ちょっと疑問です。
佐々木 プロジェクタはもっと輝度の高いものを予定していましたが、日本で台数を集めるのが難しかったのと購入するにも発注期限が早かったので、先が読めなかったし、そもそも予算が厳しかったという事情が。
池田 まあ文句を言う人は、自分たちが決めた予算のことを考えずに文句を言いますし・・・
佐々木 天井の照明がなくて、レクサスは暗いなかでスポットがあたるというのが、高級感が演出されて、いい表現だったと思います。
池田 そうなんです。見せたいものをどう見せるかという根本が違うんですよね。レクサスは暗いなかでクルマが象徴的に映ればいい世界だったのですが、トヨタはドラえもんをコンテンツに選んだ時点で暗かったらダメですよね。
--ここ数回のモーターショーで、トヨタブースはいろいろな手法を試しているようですが、迷走しているように感じます。
池田 いろいろなものをソフトで解決しようとしているんですけど、ハードの予算がそれに追いついていないんですよ。
(次回は、光和・井上さんの事例を中心に展開します)