

「青鰉」の床から全体を見た図。天井には人型投射体の精霊「汎」やタマゴ型スクリーンなどが配される

らせん状のスロープを上る観客が床面映像を見おろしたところ。床面映像の周りには動物のキャラクターを立像化した巨大擬人像の「六将」が配される

中央部分の紗幕にも映像が投射される

「青鰉」「百禽」のオープニングCG
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愛・地球博(愛知万博)閉幕の9月25日、延べ上演回数8,541回、総入場2,026,412人(「夢みる山」全体では6,000,448人)を数えた「夢みる山」のテーマシアター「めざめの方舟」は、最終来場者の鳴りやまない、そして、割れんばかりの拍手の中、その幕を閉じた。当初の目標であった170万人をはるかに超える人気を集め、連日、うれしい悲鳴をあげながらも万一の事故に備えた運営は、緊張の連続だった。最後の客が「めざめの方舟」を後にするのを見届けた瞬間の「(事故無く)無事に乗り切れて良かった」との思いこそが、本音だった。
中日新聞社が万博に積極的に関与していくことを決め、社内に「万博プロジェクト室」が誕生したのが2002年8月。1851年にロンドンで初めての万博が開催されてから、150余年の歴史でマス・メディアがパビリオン出展するのは初めてのこと。いくつかの企業が集まり、一つのテーマを展示で示す「共同館」の形を採ったパビリオンへの(共同)参加社の呼びかけから始まり、推進母体づくり、予算総額の見積もり、出展テーマ、具体的な展示内容、館名の決定など、参加6社(シヤチハタ、積水ハウス、日本ガイシ、ブラザー工業、中部日本放送、東海テレビ放送)との調整が連日続いた。総事業費は約25億円。万博プロジェクト室は、その中心となる事務局のほか、テーマシアターの内容づくりや事務局も兼ねるまさに一人何役をも演じた。
そうしたなかで、共同館の中核を成すテーマシアター(テーマ展示)づくり(展示内容の企画)は、積水ハウス、中部日本放送、東海テレビ放送、中日新聞社の4社が共同出展する形で進められた。展示内容の決定までには、この4社を中心に様々な案を持ち寄ったほか、市民アンケートなども実施し、幅広い観点から、展示案を検討した。
「日本が世界に誇るコンテンツであるアニメーションの技法を生かしたパビリオンをつくりたい」「アニメーション映画監督の中で、パビリオンという空間演出をこなせるのは、押井守監督だけだ」との思いを持ったのが2002年10月。翌月に、押井監督と初めての会合を持ち、愛知万博におけるパビリオンづくりへの参加可能性、構想などを話し合った。押井監督からは、床面を映像にする体感型映像空間による展示提案を受けるとともに、パビリオンづくりへの参画に関しても好感触を得ることができた。
しかし、アニメーション映画の鬼才と呼ばれる押井監督の起用については「冒険過ぎる」「芸術家のコントロールは難しい」との声や、展示内容の確実性などから、テーマ展示を担当する4社をはじめ、共同館参加各社間で意見が割れ、すんなりとは決定に至らなかった。押井監督と何度となく意見交換すると共に、メディア論を専攻し、国内外の映像文化に詳しい東京大学の浜野保樹助教授などの専門家から起用についての評価を広く集めるなどし、一つ一つ懸念事項をクリアしていった。「日本で開催する万博ならではの、万博だからこそ挑戦でき、万博だからこそ受け入れられ、他との差別化がはっきりしている、そうした展示を目指したい」との声が、参加各社から出るようになり、「それなら、独創性、国際的な知名度からみて、押井監督だ」。2003年3月に入り、ようやくたどり着いた結論だった。こうして、テーマ展示の総合演出役に押井監督起用は決まった。
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