寄稿 展示会産業はコロナ禍から何を学ぶべきか? 寺澤 義親 氏

2⃣ 展示会ビジネスイベントはその他大規模集会とは異なることをアピール

今回各国の展示会ビジネスイベント業界がイベント開催制限から再開への取組みの中で共通して苦労していたことがある。それは展示会ビジネスイベントが大規模集会と一括りで捉えられ独自のセクターとしては政府からしっかりと認識されていないことであった。さらにそうしたこともあり展示会ビジネスイベント(MICE)業界は政府の業界支援で必ずしも優先される分野ではなかったことである。展示会イベントはWHOや米国のCDC(疾病予防管理センター)の新型コロナ感染防止ガイドラインでもMass Gatherings(大規模集会)として括られておりほぼ世界各国とも同様な扱いとなった。日本の内閣官房事務連絡でもイベント開催制限の対象施設として展示会施設はその他イベント施設とは区分されたが開催制限についてはイベント一括りの制限規定に準じる対応が求められた。
それでは各国の業界がこの問題について経験した主な実例を以下に紹介する。

1)ドイツ
コロナでリアル展示会を開催できない深刻な状況となりドイツ産業展示・見本市委員会(AUMA)は展示会開催ガイドラインを連邦政府に提出すると同時に開催禁止となっている大規模集会リストから展示会を開催可能なリストに入れるように粘り強く交渉。
その結果2020年5月に連邦政府と16州政府は2020年8月末まで禁止となっている大規模集会リストから展示会を厳格な感染防止と安全に関する基準の実施を条件に開催可能なリストに含めること、さらに開催許可については州政府が行うことを確認した。
さらにAUMAは2021年12月に展示会産業を所管する新任の連邦政府経済大臣に対して6項目の要請を行った。これは2021年に計画された展示会のうち71%がキャンセルされ過去2年間の展示会産業の経済損失が462億ユーロに達するというかつてない厳しい業界の状況から切実な要請となった。そこには政府のコロナ対策や業界への支援策がもっと明瞭で一貫したものであればそこまで大きな経済損失にならなかったのではとの本音が見える。要請6項目のうち3つの最初は、まず展示会のキャンセルを補償する主催者向けの展示会特別基金に加えて出展企業やサービスプロバイダー向けの新たな保証基金を要請。次には国内展示会促進の一環として起業直後や革新的な企業も含め中小企業への強い支援を要請。さらに世界の展示会大国、国際見本市の場所としてのドイツのアピールについて業界も行うが在外のドイツ公館・機関が更なる努力をすることを要請している。

2)英国
当初展示会関連の3団体で構成するEvent Industry Allianceとイベント関連業界のプラットフォーム組織のBVEPが政府支援を求める中で特に強調したのはビジネスイベントの英国経済にもたらす経済効果と経済再開時に業界への貢献が大きいことをアピール。さらに政府のレジャーとホスピタリティ分野への支援策ではビジネスイベント業界がカバーされていないこと。政府の声明や施策手続きにおいてビジネスイベントがもっと明確に認知されなければならないと要請した。
この取組みの中で特に展示会を大規模集会と区別するように業界は政府へのロビーイング活動を強化したが「ドイツと比較して英国の政治家にはビジネスイベントがまだまだ理解されていないのでドイツの動きを注目している」とコメントする業界関係者の言葉が現在のビジネスイベントに対する理解のレベルを示しているようだ。
しかし英国ではVisit Britain等政府が主導するキャンペーンが実施され2015年には政府が初めてとなるBusiness Visits and Events Strategyを発表して政府との業界カウンターパート組織を設立。
2019年にもInternational Business Events Action Plan2019-2025を発表しておりビジネスイベントやコンベンションを誘致する取組を強化していると見えるが、一般市民の理解とビジネスイベントの経済効果についてはまだまだ十分に特に政治家には理解されていないということなのだろう。こうした状況がビジネスイベントへの低い関心や認知を変えようと英国では初めてとなる全国レベルのキャンペーンにつながった。

3)豪州
既述のとおりBECAがビジネスイベントの再開に向けて政府へのロビーイングと政策提言を行う過程で強調した一つがB2Bイベントはその他大規模集会とは異なるということだった。
BECAの有力メンバーとして活動する豪州展示会イベント協会(EEAA)の当時会長のスピロ・アネモギニアス氏は2021年8月にメンバー向けのメッセージとして次の通りコメントしているが業界人としての矜持を示すもので大変感銘をうけたので紹介したい。
「大規模集会や施設制限に関する議論の結果を待つよりはむしろ我々はイベント再開と回復に向けたロードマップを業界として政府に提示する必要がある」
「EEAAはロックダウンと制限が続く中で財政支援を求めてすべての政府との交渉を継続する。特に政府関係者に対して我々の産業は不幸なことに最初から観光産業の小さなグループと見られているが我々の産業は単なるビジターエコノミ―以上の存在であることを教育していきたい」
「我々の声を聴いてもらうためには豪州商工会議所への加盟にシンクタンクや政府諮問委員会などにも積極的に参加して業界の声を届ける活動を継続する」

こうしたBECAの取り組みはその後ビジネスイベント業界に対する具体的な支援につながっている。例えばビクトリア州政府は2021年12月に2億3,000万豪ドルのCOVID-19 Event Insuranceを発表した。これはイベント中止に伴う損失に対して100%支払いを保証するもので主催者は安心して事業計画を立てることができる。一方ニューサウスウェールズ(NSW)州政府はシドニー、ニューカッスル、ウロンゴンで開催されるビジネスイベント主催者への財政支援を行うスキーム、Accelerate Sydney Business Events Fundを発表している。担当機関はBusiness Event SydneyとDestination NSWで開催費のうち会場リース、施設内ケータリング、AV機器の経費について最大3万豪ドルから6万豪ドルを助成するものだ。例えば1日開催のイベントでは参加者1人当たり50豪ドル、最大600人まで助成できるので3万豪ドルの支援となる。第1弾は2021年11月30日から2022年12月31日までのイベントについて、第2弾は2022年7月1日から2023年6月30日までのイベントが支援対象となる。さらにNSW州政府は2022年1月にはイベントとフェスティバルが市民の健康を守るために中止または著しく混乱したことからの損失を補填する支援プログラム、Events Saver Funds for NSW Major Events(予算4300万豪ドル)を発表した。対象は2021年12月15日から2022年12月31日に開催されるイベントになっている。

4)マレーシア
業界は当初から展示会再開に向けてコロナの中でも安全に開催することができるので展示会を大規模集会とは区別するように政府に強く働きかけてきた。そして展示会再開を早めるように取組んでいた2021年9月には展示会を社会的大規模集会ではなく経済活動と見直すように要請を行っている。
国の経済回復計画では展示会を含むビジネスイベントは再開がフェーズ4になるSocial Mas Gatheringと規定されているが、これでは再開が遅すぎて業界は生き残れないとして展示会をフェーズ3で再開できる経済活動のEconomic Mas Gatheringに見直すように強く働きかけを行った。

5)シンガポール
コンベンション都市国家として評されるシンガポールでも政府の当初支援策では航空業界、観光産業、飲食業を中心に支援するスキームとなっておりMICEエコシステムを支える主催者、PCO,サービスプロバイダーはカバーされていなかった。
そこでMICE業界は非常に深刻な影響を受けているとして危機感をアピールした業界独自の実態調査と業界団体(SACEOS)が実施した政府委託の実態調査結果を政府に提出してビジネスイベントとライブイベントへの支援見直しにつなげた。同時にSACEOSは業界の裾野を広げるために規程を改定して新たにライブイベント企業もメンバーに取り込むことにした。