イベントにおけるリスクマネジメント考【再掲載】

(※以下の記事は、過去に雑誌「Eventbiz」vol.12「特集:安心安全なイベントづくり」(2018年発行)に掲載された記事を再掲載したものです)

イベントを安全に運営するためには、イベントにおけるリスクを想定し、対策を整え、万全の体制で当日を迎えたい。

しかし何がイベントのリスクかを考えること、そのこと自体が実は難しい。

例えば、有志を募って開催するようなイベントは素人が運営することになり、知識や経験がないから、どのようなリスクが待ち構えているかを想定できない。リスクのチェックリストもつくれない。これが素人とプロフェッショナルとの歴然とした差ではなかろうか。

そこで、イベントを成功に導くためのリスクマネジメントについて東京富士大学・経営学部イベントプロデュース学科 准教授 大山利栄氏に話を聞いた。

リスクとは何か

 
リスクを考えてみると、リスクの意味そのものが多種多様である。安全分野で1999年に制定されたISO(※1)の定義では、リスク関連用語をリスク、危害、危険事象、危険状態、ハザードとしているように、リスクとは危険あるいは事故、不確実性といった事故発生の可能性を指していた。

しかし、現代では全国各地で増加しているマラソン大会のように、交通対策、雑踏事故対策、異常気象対策、運営資金の確保、参加者や関係者の宿の確保など多々あり、経営活動の結果の不確実性もリスクであるという(※2)。

さらにイベントの場合、企画段階、制作段階、本番時と時間軸によってそのリスクの大きさが変化してしまう。例えば企画段階で1万人の来場者を予想して警備員を多数配置したところ、本番時は1,000人しか来場しなければ、来場者誘導のリスクは著しく下がる。

大山氏は「私はリスクを危険と不測可能性として捉えていますが、イベントは内容も形態も同じようで違いますから言葉の定義は難しいと考えます。式典のような形式的なイベントと初開催のイベントを比較した場合、明らかに初開催のイベントはリスクだらけと言えるでしょう。

例えるならば、穴ぼこだらけの道を踏み外さないように、どのように前に進むか。その穴ぼこを埋めながら道を確かなものにできれば事故は起きないはずですが、イベントの現場の現状はというと、皆さん経験値で乗り切っているのではないでしょうか」と施工現場での経験談とともに、現場でのリスク管理のあり方を憂慮する。

古い常識はどんどん新しく刷新されるように、イベントの現場では新たなリスクが常に生まれる。だからこそ、このリスクとどのように付き合うか、その対応が必要であろう。

リスクマネジメントの必要性

 
リスクマネジメントは企業経営や防衛の分野で議論されてきた。

そのため、後発のイベント分野におけるリスクマネジメントの概念は確立していないが、東京五輪を2年後に控えて危機管理の視点からの提言が出始めている。

例えば、大型スポーツイベントのリスクマネジメントについては「危機をできるだけ最小化し、安全で円滑な大会運営を実現していくためには、危機の事前対策としてのリスクマネジメントと実際に危機が発生した場合に事態に対処していくためのクライシスマネジメントの2種類の危機管理が重要となる」(※3)などの考え方である。

しかしイベントは、東京五輪のようなビッグプロジェクトばかりではない。そのため大山氏はイベント運営におけるリスクマネジメントとは、「効率を下げる重要項目をリスクとして扱い、予測、予防、対応、処理までの管理をしようというもの」と位置づけ、全国で生じたイベント関連の事故事例を整理している。

「イベントの運営で100%事故が生じない方法はないかと思いますが、少しでもリスクをコントロールできるのであれば事故率は下がります。そのためにもまずは考えること。イベントに関わる危険要因を状況に応じて捉えていく。これがイベントを成功に導く近道ではないでしょうか」。

危険要因とは自然災害、人災、不法、テロなどの特殊要因という4分野を指す。

これらを頭に入れてリスクの重要度を分析し、優先的に対応すべきリスクと、そうでないリスクに分類することで重み付けを行い、リスク管理の優先度を決定する。このようなプロセスを踏んで考えることができれば、どのようにリスクを回避できるかという戦略を立てることが可能となるのだ。

リスク回避のために ~リスク回避の4つの戦略~

 
イベント運営においてリスクを予測した後、どのように回避すべきか。ここでは大山氏がJEPCイベントプロデューサー認定コースで紹介する4つの戦略を見てみる。

①回避リスクが予見される作業を実施せず代替作業によって目的を達成できないか、もしくはリスクの要因を潰すことを考えること。

②受容受容時のインパクトよりも対処コストの方が高くつく場合に、そのリスクをあえて引き受けた方が有利かどうかを考えること。

③緩和リスクの発生確率を最小限にするにはどのような手を打てばよいのかを考えること。または、発生時のインパクトを最小限にする、すなわちリスクが起きてから後工程への影響を最小限に抑えるにはどうすればよいかを考えること。

④転嫁第三者、例えば保険会社や警備会社などにリスクを引き受けてもらえないかを考えること。

「まったく知らないことは想像力を働かせることができないため、経験者の知見を借り、想定すべきことを想定する。そのうえで対応することがイベント運営では大切です」。知らなければ予期することもできない。そのため、経験則のあるプロフェッショナルのアドバイスを取り入れることはイベント運営の失敗を回避しやすくなる。

「多くのイベント事故は人的被害や食中毒などの人災ですが、事故の内容も変化しつつあります。例えば1970年代以前の事故は圧死をはじめとした群衆事故が目立ちましたが、最近は自然災害による台風や雷による事故が増加しています。

そして今も昔も変わらないのが重力を忘れてしまう事故。地球には重力があるから物は落ちるのですが、この当たり前の事実を疎かにし、看板などが落ちて怪我をさせてしまう。ヒヤッとした経験が次のリスク回避につながりますから、ぜひ経験の少ない若い人ほど経験豊富な方々のアドバイスを求めていただきたい」。

また、情報収集もリスク回避のために欠かせない。特に自然災害は情報収集によって回避できる可能性が高まるという。

さらにその際、中止という決断も時には必要だろう。中止した場合、中止情報をいかに来場者に告知するか、そのタイミングや情報の内容を誤るとクレームに変わってしまうため、情報の出し方も大事なポイントだ。

質も内容も千差満別のイベントであるがゆえに、リスクの洗い出しとリスク回避のための事前準備は尽きることがない。大変な労力である。しかし、リスクマネジメントを心がけてイベント運営をすることは、事故の発生率を下げるだけでなく、クライアントとの信頼関係を生み、結果として次の仕事につながる大切なファクターと言えよう。

※1「ISO/IEC Guide51:1999」
※2 田中利佳「スポーツイベントのリスクマネジメント」(鈴鹿大学紀要、2016)PP.47-48
※3 伊藤哲朗「大規模スポーツイベントにおける危機管理上の課題-2020年東京オリンピック・パラリンピック大会を中心に-」(オペレーションズ・リサーチ、2016)P.206