【インタビュー】“賃金アップ”があらゆる課題解決の出発点 – アドヴァンス企画・小室弘之社長

本記事は2023年6月15日発行の専門紙『見本市展示会通信』900号で掲載した内容をWEB版記事として転載および再編集したものです。掲載されている内容や出演者の所属企業名、肩書等は取材当時のものです。

 

人材不足と人材獲得の競争が過熱する昨今、展示会・イベントのディスプレイを手掛けるアドヴァンス企画は、今年の求人初任給を未経験の製作部門で28万円以上、営業部門で27万円以上という業界内でも高い水準に設定した。あわせて4月から既存社員のベースアップにも踏み切った。その背景とこれからの成長戦略について小室弘之社長に話を聞いた。

アドヴァンス企画・小室弘之社長
アドヴァンス企画・小室弘之社長

展示会・イベント業界が抱える課題

―業界の人材不足の実情を教えてください

コロナ禍を経て、確かに去年から仕事は戻ってきました。むしろ仕事量が多すぎてこなせないくらいです。つまり人手が足りていない。コンペで獲得した案件でさえも、職人不足から、受注後に内容を変更する企業もあるというウワサが聞こえてくるようにもなりました。大工や経師職人がいないため、システム装飾に変更せざるを得ない、と。コロナ禍以前も確かに人手不足ではありましたが、何とか対応していたはずです。当社は幸い、オリジナルの木工装飾の会社というスタイルを維持できていますが、これからは今まで通りにはいかないのではないかと危惧しています。

輪をかけるように世間では、ユニクロを展開するファーストリテイリングが初任給を30万円に引き上げたと話題になり、経営者としては耳の痛い話だと思いつつも、一方で向き合うべき問題であると感じたことを覚えています。

―われわれの業界で、未経験で28万円の求人は珍しいです

われわれの仕事は楽なものではありません。もちろん企業の魅力を高めるため、福利厚生の充実化などは今後も続けるつもりですし、休日を増やしたり残業を減らす取組みも行っています。しかし他業界と比較して、われわれの業界で何をメリットとして働いてもらうのか? はっきり言って、高い賃金以外にないんですよ。安い賃金でいくら募集をかけたって人は来ません。人がいなければ会社が成り立たない、それならば上げるしかないでしょう。当初はコロナ禍で増えた借金の返済目処が立てば、賃金アップを考えていましたが、そのような悠長なことを言っていられないほど深刻な状況だったのです。

賃金をアップして募集したことで想定以上の反響がありました。確かに採用や面接の時間は随分とかかってしまいましたが、その分、良い人材が集まってくれたと思っています。当社は大企業ではなく、誰に反対されるわけでもないため、私自身が「儲かった分は(社員に)払えばいいだろう」とある意味、安直に構えていることは否めませんが、賃金を多く払うことで、社員も一生懸命頑張ろうという気になるはず。そもそも募集の段階で、ギリギリの金額で素晴らしい人材を確保しようというのは虫のいい話ですから。

好待遇の採用を実現する上でのポイント

―留意すべき点を教えてください

新しく入社する人の賃金だけを上げるわけにはいきません。人材をキープするには、既存社員のベースアップもしなくては。当社は50人弱の社員数ですが、今回の定期昇給およびベースアップ分だけで年間数千万円になります。それだけ捻出できるのなら、社長である私自身がもっと高い給料をもらうこともできるでしょうが、私はそこそこ良い暮らしができて、ちょっと良い車に乗れて、ちょっとゴルフが楽しめれば満足できる性分。それよりも今後、事業承継を考えたとき、できれば生え抜きの社員に譲りたいという気持ちがありますが、給料の安い会社を誰が継ぐだろうかと考えてしまうのです。

経営側の考えとしては、賃金を上げたくともなかなか上げにくいのが本音。ですが、月給を仮に1万円程度上げたところで、働く側にとっては上がったことにならないんですよ。上げるのなら働く側が給与明細を見て、やる気が出る程のサプライズ感は大事だと思います。

しかしながら、私のアプローチが正しいかどうかは分かりません。5年後には周囲から「それ見たことか」と言われているかもしれません。しかしこの1、2年を乗り越えるために人材が必要なのだからやっていくしかない。

さらに社員に対しては、いきいきと働き、業界内で自分は高い給料で働いているのだという意識を持って仕事に取組んでほしいという願いがあります。

―経験者採用でないからこそ、重視する採用基準はありますか

入社後に学べば良いので経験や資格はいりません。社員教育の都合もあるため、採用に関しては現場を知る社員にほとんど任せています。最終的な判断基準は性格といえるでしょうね。また、大変な仕事である現実を理解した上で、それでも働きたいと意欲的に言ってくれる人を採用しています。

―未経験者が必要なスキルや知識を短期間で身に付けるための環境づくりのコツは何ですか

一昔前は残業が当たり前で、年間休日も少ない。一人が三人分働くなんてことも珍しくありませんでした。しかし今は三人分の仕事をこなすには三人必要なのです。そのような現状を嘆くこともできますが、考え方を変えると、人数が増えたことで指導や育成に割く余力が生まれてきたとも感じています。社員数が増えたからこそ、指導できる人が生まれ、社内講習が盛んになりました。人が少ないと手厚い指導などできませんし、”先輩の背中を見て学ぶ時代”と比較して、かつて一年かかって身に付けてきたスキルを、現在では約半年程度で習得していると思います。

社員とともに歩む新たなスタート

―取組んでみた手応えはいかがでしょう

今回、給与体系が大きく変わることにともない、全社員と面談をしました。待遇が悪くなるという話ではない分、お互い気持ちよく話せたと思いますが、良い面ばかり話しても仕方がないので「これだけ賃金アップできるのは何故だと思う? 今後、同じようにアップしたいならば、今までと同じ働き方では上がらないよ」と、もちろんクギは刺しました(笑)。普段、社員一人ひとりとゆっくり話す機会はないものですから、お互いを理解するきっかけにもなりました。

一人分の仕事量で満足する人もいれば、二倍働きたいというやる気のある人もいます。どちらもその人の人生であって、それでいいと考えています。社内的には大きな変化でしたが、よくよく考えてみれば特段変わったことはしていません。ただ、いずれにせよ、やらなければならないことであれば他社の二番煎じでなく、いち早く実行したいというのが私の考えです。

創業44年を迎え、色々なことがありましたが、ようやく自分が思い描く会社のスタート地点に立つことができました。社員と協力会社の皆さんには感謝しています。これからも最悪を想定して最善を尽くしていきます。そして全社員が絆をもち、プロ意識を高め、やりがいのある会社を目指していきたいと考えています。

―ありがとうございました

<聞き手=木下慧輔>