万国博覧会・国際博覧会を知ろう(最終回) 寄稿・桜井 悌司(元ジェトロ監事・展示事業部長)

マーガレット・サッチャー首相の万博観
英国と言えば、万国博覧会発祥の地であり、第1回ロンドン万博が、1851年に開催され、水晶宮(クリスタル・パレス)で話題を集めたことについては、「その1」で紹介した。英国のマーガレット・サッチャー首相と言えば、「鉄の女」として有名で、「イギリス病」を克服し、労働組合との闘争、フォークランド戦争で勝利に導く等誰もが知っている連合王国の大宰相である。昨今、NHKのプロファイルやドキュメンタリー番組で放映されている。サッチャー首相は、「国のイメージ」を極めて大切にする人であった。「サッチャー回顧録 ダウニング街の日々」の下巻を読むと、彼女の万国博覧会についての考え方が良く理解できる。少し長くなるが引用しよう。
「私のオーストラリア旅行はブリスベーンで終わった。エキスポ88世界博のイギリス館を訪れた。そこで見たものに失望した私は、イギリスに戻るとそのこと
を強く意見した。イギリス館がほかの国のパビリオンに見劣りしたのは、直接担当した人達のせいというよりも、イギリス政府のけちけち根性のお陰だった。大使館の建物がそうであるように、海外でイギリスの正しいイメージを生み出すための費用を節約することは、愚かさ以外の何ものでもない。これは私がかねがね主張していたことだった。これ以後、私はこの問題に直接関心を抱くようになった。例えば、私はデービット・ヤング貿易産業相に、1992年のセビリャのエキスポでは、最高の政府館を出さなくてはいけないと話した。その通りになったと思う」(下巻P75)

確かに1992年セビリャ万博の英国館は素晴らしいものであった。現在、大阪・関西万国博覧会の経費が増大したとか万博準備の遅れ等で万博を中止すべきという意見が、野党やマスコミから出されているが、忘れてはならないのは、国際博覧会は国のプロジェクトであり、国が債務保証をするイベントということである。中止に至れば、「国のイメージ」を大いに損なうとともに、日本の将来にも影響してくるのである。「国のイメージ」とは何かを真剣に考えて発言・執筆することが望まれる。

国際博覧会のテーマの変遷
ここでは、第2次世界大戦以降の国際博覧会のテーマについてみてみよう。最初に下記リストを、平野暁臣氏の「万博の歴史」を参照し作成してみた。

1958年 ブリュッセル万博「科学文明とヒューマニズム」
1962年 シアトル万博「宇宙時代の人類」
1964年 ニューヨーク世界「理解を通じての平和」
1967年 モントリオール万博「人間とその世界」
1968年 へミスフェア’68「アメリカ大陸文化の交流」
1970年 大阪万博「人類の進歩と調和」
1974年 国際環境博(スポケーン)「汚染なき進歩」
1975年 沖縄国際海洋博「海−その望ましい未来」
1982年 国際エネルギー博(ノックスビル)
「世界の原動力としてのエネルギー」
1984年 国際河川博(ニューオルリンズ)「川の世界―水は命の源」
1985年 国際科学技術博(筑波)「人間・居住・環境と科学技術」
1986年 国際交通博(バンクーバー)「動く世界、ふれあう世界」
1988年 国際レジャー博(ブリスベン)「技術時代のレジャー」
1992年 セビリャ万博「発見の時代」
1992年 国際船と海の博「クリストファー・コロンブス:船と海」
1993年 太田国際博「発展のための新しい道への挑戦」
1998年 リスボン国際博「海洋−未来への遺産」
2000年 ハノーバー万博「人・自然・技術」
2005年 愛・地球博「自然の叡智」
2008年 サラゴサ国際博「水と持続可能な開発」
2010年 上海万博「より良い都市、より良い生活」
2012年 麗水国際博「生きている海と沿岸」
2015年 ミラノ万博「地球に食料を、生活にエネルギーを」
2017年 アスタナ国際博「未来のエネルギー」
2020年 ドバイ万博「心をつなぎ、未来を創る」

戦後開催された25の国際博覧会のテーマに使われたキーワードによって、傾向を見てみよう。重複があるが、もっとも多く使用されたキーワードのランキングは、下記の通りである。大まかな傾向が把握できよう。
1位: 人間・人類 5件/2位:科学・技術、未来、海 各4件/5位:進歩・発展、エネルギー 各3件/7位:環境・汚染、水、居住・生活 各2件
ちなみに、2030年万博の誘致・開催を競った3都市のテーマは下記の通りである。
韓国・釜山「世界を変革し、より良い未来へと導く」、イタリア・ローマ「人と地域、再生、インクルージョン、イノベーション」、 サウジアラビア・リアド「変革の時代:先見の明ある明日を共に」
なお、2023年2月のBIE総会でサウジアラビアのリアドに決定した。筆者の個人的な意見であるが、地球温暖化現象、災害増、ウクライナ戦争、イスラエル―ハマス戦争、パンデミック等で世界の分断や格差が発生しているので、2035年以降の国際博のテーマは少しずつ変わってくるものと思われる。